コラム - 第7話


第7話 - 誰のために仕事をするのか?  by 矢萩 秀明
 このコラムは2006年2月に行われた日本工学院八王子専門学校・音響芸術科特別講義第2回の内容を整理したものです。


 みなさん、こんにちは。
今日は、特別講義第2回「誰のために仕事をするのか?」をテーマにお話ししたいと思います。

まず第一に考えて欲しいのは、コンサ−トやライブを聴きに来ているお客さんの中には色々な人がいると言うことです。
言い換えれば、社会や世界の真実の姿を知っているか?と言うことです。
幸せそうに見える人でも、実は大変な問題や悩みを抱えていることがあります。
若い皆さんは知らないかもしれないし、関心も無いかもしれません。
でも、スティングが「世界は悲しすぎる」と歌ったように、社会にはたくさんの不幸が溢れているのです。

認知症の老人や寝たきりの病人を抱えている人。
ガンやエイズのような死亡率の高い病気にかかっている人。
先天的または後天的な理由により障害を持っている人。
身寄りがなく孤独な人。

若者に広がる薬物中毒。
引きこもりやリストカットなどの心の病。
非行に走る青少年とその家族。
いじめを受けている人。
母子家庭。
離婚により家族が引き裂かれてしまった人。

リストラや倒産により失業してしまった人。
病気や後遺症により働きたくても働けない人。
破産した人。
多額の借金や負債に苦しむ人。
犯罪の被害者。
事故に遭った人。
地震や台風などの自然災害の被災者。
戦争や紛争などに巻き込まれている人。
人種差別。

貧困に苦しむ人。
家庭内暴力を受けている人。
愛する人を亡くした人。
夢や希望をなくし挫折した人。

どうでしょう?数え上げたらきりがないほど多くの不幸があるのです。
考えてみて下さい。皆さんの周りにこんな人がいないかどうかを。

皆さんに聞きます。自分の周りでこのような不幸を見た事も聞いた事もないと言う人は手を挙げてみてください。
(手を挙げる者は誰もいない)

人間の苦しみは生・老・病・死の四苦に基づいていると言います。老・病・死が苦しいのは分かりますが「生」も苦しいことなんですね。

そんな苦しみを癒すために音楽はあるのです。
生きる喜び、人生の素晴らしさ、癒し、やる気や活力、夢と希望、勇気、優しさや安心感、団結。
そうしたものを音楽は与えてくれます。

私がこの事に気づいたのは、渡辺真知子さんの仕事をしていた時の事でした。
明日から2ヶ月間のディナーショーのツアーが始まろうとしていたある夜の事です。
私はあるできごとにより、左手の薬指と小指を骨折してしまいました。
明日からツアーです。今からトラ(代役)を探すのは無理です。
仕事に穴をあけるわけにもいきません。
私は初め、骨折だと思わずに打ち身か捻挫だと思っていたので、痛む指に湿布をしてツアーに出たのでした。

真知子さんやバンドの仲間には心配をかけたくなかったので腱鞘炎だと嘘をいいました。
演奏するたび激痛をこらえながら笑顔で演奏を続けました。

色とりどりの照明で彩られたディナーショーの華やかなステージに立ち、時には真知子さんと微笑みを交わしながら楽しそうに演奏するギタリスト。
お客様からはそう見えたと思います。
でも私の心は地獄の苦しみでした。
打ち身や捻挫ならだんだん痛みは収まってもうとっくに治っているはずなのに、痛みが引かないのです。
「これはおかしい。骨折しているに違いない。ギタリストにとって左指の骨折は致命傷だ。これでギタリストとしての人生も終わりだ。」そう思ったからです。

お客様を見るとみんな楽しそうにしています。
その幸せそうな姿を見てはっとしました。
「お客様は私を見て、華やかで楽しそうだと思うだろう。でも私は今、不幸のどん底にいる。
逆に、私からはお客様がみんな幸せそうに見えるが、きっとこの中にも悩み苦しんでいる人がいるに違いない。そんな人が一時の安らぎを求めて来ている。
真知子さんはその人達に安らぎや希望を与えている。そして自分はそのお手伝いをさせてもらっている。ミュージシャンって何ていい仕事だろう。こうしてミュージシャンとしてステージに立っていることは何て幸せなんだろう。
指を骨折した私よりも巧いギタリストはたくさんいる。だから自分が音楽を続ける必要なんてないのかもしれない。でも私の音楽でないと救われない人が必ずいる。世界にたった一人だけかもしれないが、私の音楽と出会うのを待っている人がきっといる。そのまだ見ぬ一人がいれば私の存在価値はある。
その一人のために頑張ろう!!」
こう思ったのです。
この体験が私の活動の原点となりました。

何のために仕事をするのか?
誰のために仕事をするのか?
言い換えれば、自分の命を何のために使うか?
これを「使命」と言います。

自分のために頑張るのはもちろんけっこう。
でも、もう一歩進んで他の人のために働けたら人生はもっと豊かになる。
暗闇で人の為に明かりを灯せば自分の前も明るくなるように。

少なくとも私はそう思って生きています。
みなさんも何のために、誰のために仕事をするのか?その答えを見つけてください。
今すぐでなくていいんです。
その答えを探し続けてください。
そうすればいつか見つかる日が来ます。

話はこれで終わりです。
では、最後に私の演奏を聴いてください。

演奏

ありがとう!!

2006年2月7日                    矢萩秀明

戻る | 第8話へ
Copyright (C)2001-2005 Hideaki Yahagi. All right reserved.
当ページに掲載されている全ての画像、文章、データの無断転用、転載をお断りします。