コラム - 第11話


第11話 - 人生を泳ぐオタマジャクシ  by 矢萩 秀明

一年は一つの音楽に似ている。

一年に四季折々の変化があり、そこに生きる人間の様々な活動がダイナミックに展開されていく。
それはあたかも様々な和声進行やリズムの変化の中を自由に動く旋律を持ち、近親調への転調を繰り返しながらドラマチックに変化を繰り返してフィナーレを迎えるシンフォニーのようだ。
普通、曲はトニック(主和音)かサブ・ドミナント(下属和音)で始まり、終止形のバリエーションを基にした様々な和声進行を経て、最後に完全終止によって主和音が華々しく鳴り響くことによってフィナーレを迎える。
見方によってはこの最後の主和音を聴く喜びのために曲の他の部分があるとさえ言える。

日本人は押しなべて穏やかで幸福なお正月を迎えたことだろう。
これはメジャー・キイ(長調)のトニック(主和音)にあたる。
2月には一旦、同主調に転調し、3月には一時的に主調に戻る。
4月には下属調に転調し「春の楽章」を迎える。
7月には明るいドミナント・キイ(属調)に転調し、「夏の楽章」を迎える。
10月にはパラレル・キイ(平行調)に転調し、叙情的な旋律を奏でる「秋の楽章」へと進む。
「秋の楽章」は短く、いつの間にか暗いセイム・トニック・キイ(同主調)に転調している。
最後に12月の慌ただしい大盛り上がりをドミナント(属和音)として1月のトニック(主和音)が華々しく鳴り響く。
しかし1月は終わりの月であると同時に新しい始まりでもある。
そこが音楽と違うところだが、これも見方を変えれば組曲の中の一部が終わって次の曲が始まったようなものだ。

と言うことは、この「組曲」とは「人生」にあたることになる。
こうしたことを考え進めると、組曲の最終章は、人間の一生の中では臨終の時だろう。
最後にはトニックが華々しく鳴り響き大満足が得られると言うのは、臨終において大満足の中で荘厳な死を迎えることにあたるのだろう。
すると私は組曲の中を動き回る音譜=オタマジャクシか?

よーし、今年も泳ぎまくって素敵な音楽を奏でるぞ!
フィナーレのトニックを目指して!   

2008年1月元旦                   矢萩秀明

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