第64話 – 人には何が与えられていないか

遠くの友人の訃報が届いた。
また私より若い仲間が亡くなった。
私が学んだ音楽学校の後輩にあたるTさんが亡くなった。
Tさんは元はベーシストでバンドで活躍していた。
ご実家がお寺だったのでミュージシャンをやめて跡継ぎとして僧侶になった。
今は40代くらいだったろうか?
なんとムカデに噛まれて亡くなったそうだ。人間どんなことで亡くなるかわからないものだ。
ご冥福を祈る。
前にも書いたが、キーボードのHさんは旅の仕事の移動の途中に駅のホームでバンド仲間の前で倒れて亡くなった。
朝、東京駅を新幹線で出発する時には元気だった。
私と音楽の話しをしていたのに・・。
こうした事を考える時、トルストイの短編民話集を思い出す。
「人はなんのために生きるのか」と言う作品だ。
ある所に貧しいけれど正直な心を持つ靴屋の家族がいた。
そこへある日一人の不思議な若者が転がり込んで来る。
実はこの若者は天使で、間違いを犯し神様に天国を追放され、三つの問いの答えを見つけるために下界に来たのだ。
この天使は靴屋で働きながらその答えを見つけていく。
その一つの問いが「人間に与えられていないものは何であるか?」だ。
ある日腕のいい若者(天使)の仕事ぶりを聞き付けて、太ったお金持ちの男が従者を引き連れてやって来た。
その金持ちは、最高級の皮を取り出し傲慢な態度で若者に長靴(ブーツ)を作るように命令して帰った。
しかし若者は預かった最高級の皮を使って一足のサンダルを作ってしまう。
靴屋の親方が、とんでもないことをしてくれたと嘆いていると、先ほどの金持ちの従者が戻って来て「主人は先ほど急に亡くなったので、もう長靴は必要ない。先ほどの皮で死人にはかせるサンダルを作ってくれ」と言うではないか!
天使の若者は金持ちが店に来た時からこの金持ちが間もなく亡くなるのが分かっていたのだ。
若者はこの時、「人間に与えられていないものは何であるか?」を悟る。
天使はこう言う。
「人間には、自分の肉体のためになくてはならないものを知ることが与えられていないのです。」
だいたいこんな内容だったと思う。
人間は自分がどんな風に亡くなるのか知ることができない。明日も生きていると信じているのは幻想にすぎない。
いつ死んでもおかしくない昨今だ。
さあ、それなら今をどう生きるべきだろう?
あなたならどうしますか?

2007年6月12日