第65話 – 歌手の気持

ある演歌歌手のお仕事で2019年8月17日に福島県の新白河へ行った。
その時の打ち上げでその歌手はこんな話しをした。

「作家先生が曲を書いて、編曲の先生がアレンジを仕上げて最後に歌手が歌を録音する。それはレコーディングの普通のやり方だけれど、歌手がどう歌いたいかは考慮されていない。ここで少し間を取りたいとか、ここは少し静かに歌いたいとか、こんな風に歌いたいという気持ちがあっても、レコード会社に当てがわれた”豪華なカラオケ”に歌手が合わせて歌わなければならない。歌手としてはそれがつらいのだ。」

この話を聞いていて、私はハッとした。
この話から、生演奏をするミュージシャンの存在意義がなんなのかを知ることができると思うからだ。

最近のコンサートでは、「同期」などと称してあらかじめ録音しておいた音を流し、ステージ上の演奏者はクリックを聴きながらそれに合わせて演奏するといった手法がジャンルの別なく盛んに行われている。
だから客席にはステージ上にはいないはずの生のストリングス・セクションやブラス・セクションなどの音も聞こえてくる。
つまり”豪華なカラオケ”にステージ上のミュージシャンが合わせて演奏しているわけだ。
当然、ダイナミクスはカラオケに合わせるし、テンポもクリックに合わせる。生の演奏であれば、歌手がいい歌を歌ったらそれに応えてミュージシャンの演奏も盛り上がるし、そんな時にはテンポも多少は早くなるのが自然なことなのに。
歌手も人間だから、その日の体調や気分、喜怒哀楽によって歌も微妙に変わっていくものだ。熟練したミュージシャンならそうした変化を見逃さずに歌手に寄り添って伴奏することができる。それなのに、”豪華なカラオケ”はいつも同じだ。
生のパフォーマンスがいつもCDと同じというなら、生演奏の価値はずいぶんとちっぽけなものになってしまうだろう。

オリジナル・アレンジを尊重しながらも、歌手がLiveでどんな風に歌いたいかを理解して伴奏することが最重要なことだと思う。
歌手とミュージシャンと聴衆が出会って行われるLiveはまさに一期一会なのだ。同じものは一つもない。だからこそ生演奏には価値があるのだと思う。ミュージシャンは今後生き残っていくためにも生演奏にこだわっていくべきだと思う。