第68話 – ベートーヴェン 現代ミュージシャンの父

ベートーヴェンは、私たち現代のミュージシャンの父である。

覚えているだろうか?
音楽室に飾られた歴代の大音楽家たちの肖像画を思い出して欲しい。ヴィヴァルディ、バッハ、ヘンデル、ハイドン、モーツアルトとバロックから古典派の音楽家達を見て来ると、皆がカツラを着用していることに気付くだろう。
これは、カツラの着用が、当時の宮廷に仕える為の正装の一部であったからだ。

バロックから古典派の時代の音楽家は貴族や王に仕えて仕事をするのが普通であった。
雇い主である貴族や王の注文に応じて式典用に曲を書き、演奏していた。
自分の為に作曲演奏するのでも、一般聴衆の為でもない。たった一人の雇い主=スポンサーの為に作曲演奏するのである。
こうした音楽家を宮廷音楽家と呼ぶ。

当時の音楽家の社会的な身分は低く、雇い主の貴族から見れば、かのモーツアルトでさえ一人の使用人に過ぎず、その為、仕事場である貴族の屋敷には、表門から入ることは許されず、裏門からしか入れなかったのだ。
だから、当時の音楽家は宮廷音楽家になることを目指していた。より位の高い裕福な貴族や王に仕えるほど、宮廷音楽家のステータスも上がったのである。だから、立派な衣装も巻き毛のかつらも制服のようなものであったのだ。

ところが、時代的にはやはり古典派に属するベートーヴェンはかつらを被っていない。そして、ベートーヴェン以後は、巻き毛のかつらをかぶっている者は誰もいない。

そう、こうした当時の常識を覆した音楽家がベートーヴェン(1770~1827)であった。
ベートーヴェンは宮廷音楽家の道を捨て、一人の音楽家として自立する道を選んだのだ。
貴族=スポンサーの為に作曲するのではなく、全人類の為に作曲した。自身の内面から湧き上がる創作の欲求を元に作曲した。
言い換えれば、自分の為に作曲したのである。誰かの為に作曲するにしても、自分の意思によるものであった。
そして、自ら作曲した曲でコンサートを開いたり、楽譜を出版することによって収入を得ていた。

つまり、このような生き方は現代のミュージシャンにとっては当たり前の事であるが、当時におい言えば、実に勇気のいる姿勢であったし、我々の生き方のモデルになっているのだ。

当時のベートーヴェンの気概を物語る逸話がある。
詩人ゲーテと散歩中に、オーストリア皇太子の一行に遭遇した。ゲーテは道をあけ、脱帽し、最敬礼をして一行を見送ったが、ベートーヴェンは堂々と頭を上げて行列を横切り、逆に皇太子一行から挨拶を受けたという。ゲーテが、彼に無礼な態度ではないか?と問うと、彼は、「皇太子はいくらでもいるが、ベートーヴェンはこの世にただ一人だ」と言ってのけた。ゲーテはその言葉に絶句したという。