第75話 – ギターで遊べ!


幼い子供は基本的に遊ぶ(Play)ことを考えている。
ゲームやおもちゃが無くても、木の枝一本でも、小石一個でも、工夫して遊びにする。
そして独自の方法やルールを編み出して遊びをとことん楽しむ。
ギターの演奏も、音楽理論の勉強もまったく同じことだと私は思う。

一時、私は自分の教室で作曲講座を開いていたが、今はもう辞めにした。
曲を作りたいという欲求があれば、作曲の理論など知らなくても、曲を作るはずだ。たとえ未熟で間違いがあったとしても作りたい人は作るものだ。
それを曲を作れないのは作曲の理論を知らないからだと思っている人がいる。
作曲方法を学べば曲が作れると思うのは間違いだ。
いくら高度な作曲理論を学んでも、曲を作りたいという欲求が無ければ音楽は生まれてこない。
いくら高価な電動工具を揃えたとしても、作る気が無いなら棚ひとつ出来上がらないのと同じことだ。
理論は音楽作りを便利にする道具に過ぎない。
道具をたくさん集めても作品は生まれないのだ。
ギターを弾くのも同じだ。
基本は、ギターを自由に使って音遊びをすることだ。
夢中になって遊んでいるうちに上手くなっていた。
現在、プロでやっているギタリストたちはみんなそうだと思う。
少なくても私はそうだ。
だから練習をしたという気がしない。
ギターで遊んだ楽しい時間があっただけだ。
練習が苦しいとか、嫌だとか、辛いと思ったことは一度もない。
どんな練習もギターを弾くのは最高に楽しい。
教えられたことしか練習しないなんてナンセンスだ。
もっともっと弾きたいことがあって当然だ。
何時間でも弾けばいい。
夢中になっていたら4時間くらいはあっという間だ。

テクニックというものはとても個人的なものだ。
一般論はあるけれど、現実には、一人一人、肉体的条件も、才能も、環境も違うので、百人いれば百通りの微妙に違うやり方があるのだ。
だから、先生から教わった事をどうやって自分の肉体でできるようにするかは、自力で会得しなければならないことだ。
先生が自分を上手くしてくれるのではない。
先生は助言者でしかない。
上手くなろうと、夢中で練習した者が自分で上手くなるのだ。
さあ、ギターで遊べ!
夢中になって遊び倒せ!