第76話 – 糸


仕事の都合で転勤になり、G-Worksに通えなくなってやむなく退会したNさんから、近況を報告する手紙が届いた。
その中に一枚の譜面があった。

(譜面)

友人の結婚式で演奏した時のものだそうだ。アコースティック・ギターが2本にボーカルという編成で、中島みゆきさんの「糸」を演奏したそうだ。
その譜面を見て私は感激した。
譜面の冒頭にはこう書いてある。

「歌詞の内容から。
新郎➡︎縦の糸➡︎縦のメロディー(跳躍を使う)
新婦➡︎横の糸➡︎横のメロディー(順次進行中心)

更に、譜面の3段目からNさんの弾いたギター・ソロが書いてあり、そこに更に解説の文字が書き込んである。
初めの6拍に、「跳躍中心に(新郎をイメージ)」とあり、次の8拍には、「順次進行中心(新婦をイメージ)」とある。
その後の2フレーズも同様に展開している。

その後のソロのクライマックス部分の6連符のスケール上昇シークエンス部分には、「これから浮き沈みを繰り返したとしても、少しずつ上昇していき、」とあり、次に3度の和音フレーズで締めくくっている部分には、「縦の糸と横の糸で美しい布を作っていってください。きれいな3度音程の和音を選択」と書かれている。

私は彼に常々次のように教えていた。

「コード進行だけを見てもアド・リブはできる。ソロの内容にしても、ペンタでも、スケールでも、アルペジオでも、知識やテクニックがあればいかようにも弾けるだろう。しかし、それでは歌の内容やテーマに合ったソロになるとは限らない。
歌詞の内容や表現しようとする情感やイメージに合った素材(ペンタ、スケール、アルペジオなど)や方法論を用いるように心掛けなさい。」

その教えを彼は自分のものにしていると、私はこの譜面から感じ取ることが出来た。

上昇と下降を繰り返しながら、全体としては徐々に上昇していくスケール上昇シークエンスに対する注釈に、「これから浮き沈みを繰り返したとしても、少しずつ上昇していき、」とあるところなど「よく思いついたね」と褒めてあげたい。
また、最後に3度の和音フレーズで締めくくっている部分の注釈には、「縦の糸と横の糸で、美しい布を作っていってください。きれいな3度音程の和音を選択」とある。
この部分には新郎新婦に対しての愛情が感じられ、私は感動してしまった。

彼はプロ・ギタリストではないので、人を驚かすようなテクニックはないのだが、このように1フレーズ毎に愛情を込めて組み上げたギター・ソロは、テクニックなどを超越して新郎新婦の心に響いたと確信している。