第90話 – チック・コリア氏が残した16か条のアドバイス その2


チック・コリア氏が残した16か条のアドバイスについて私がどのように受け止めたのかを述べたいと思います。

手癖での演奏の戒め、想像力の発動の促進

チック・コリア氏が残した16か条のアドバイス
『1. 聴こえて来たものだけをプレイしなさい。
2. もし、何も聴こえてこなければプレイしてはいけません。』

アドバイスの1と2は、手癖での演奏を戒めて想像力の発動を促しています。
実は私も音楽上の恩人から同じ事を言われた経験があります。
私をプロの世界に直接的に引き入れてくださったのはベーシストの真鍋信一先生です。真鍋先生に誘われて先生のバンドに加入したのが私のプロ活動の始まりでした。
そして仕事以外でもよくライブをやりました。そのリハーサルで真鍋先生は私に色々な課題を与えました。
ある曲をリハーサルしている時、真鍋先生は私にこう言いました。
「矢萩、今日のギター・ソロでは指癖は禁止だ。初めに何か合う音をクイーンと弾いて伸ばせ。すると次に弾くべき音が聴こえて来るから、そうしたらそれを弾けばいい。な、簡単だろ。やってみろ!」
そう言われてもそうすぐには出来るものではありません。
私は言われたようにキュイーンと1発弾いて音を伸ばし、耳を澄ませましたが何も聴こえて来ません。初めの1音を弾いたまま立ちすくんでいる私を見ると真鍋先生は演奏を止めて、「どうした?」と尋ねました。「はい。何も聴こえて来ません。」と答えると、「そうか。聴こえるまでやれ!もう「1回だ!」と真鍋先生は激を飛ばしました。何度か繰り返すうちに次のフレーズが浮かびましたが失敗しました。すると真鍋先生は「矢萩、どうした?」と尋ねます。「はい、次のフレーズが聴こえて来たのですが何の音だか判らず間違えました。」と答えると、真鍋賛成は、「そうか、いいぞ、判るまでやれ!」と言って私に何度もチャレンジさせました。
私は泣きそうになりながら言われるままにチャレンジしました。
映画「セッション」の一場面のような光景だったと思います。
結局、その時は耳の悪い私にはとうとう叶いませんでしたが、今に成って振り返ってみると真鍋先生の言っていた事がよく理解出来るのです。
このアドバイスの1と2は、「言うは易し。行うは難し。」です。
これは、演奏者の創造性やオリジナリティ、集中力、音感、そしてそれらを統括する人間性を問われることだからです。
肉体的な技術力、理論的な素早い判断を行う思考力、プレッシャーに耐えて目的を成就させる精神力、そしてそれらの原動力と成る創造力。自らを鍛錬してこれらを手に入れた者だけが出来ることだと思います。改めてこの真理の言葉を突きつけられると私など冷や汗をかきながら沈黙するしかありません。精進します。

意識と肉体の関連性

チック・コリア氏が残した16か条のアドバイス
『3. 指や手足をぶらつかせないで。常に指や手足に意識や目的を持たせることです。
12. リラックスした身体でプレイしよう。緊張の元凶となるものはすべて常に解放しておきましょう。』

アドバイスの3と12は、意識と肉体の関連性に対するアドバイスです。
「指や手足をぶらつかせない」と言う事は、無意識ではいけない。そこにも意識をみなぎらせておくと言う事になります。
これは常に手足を緊張させて筋肉を強張らせておく事とは違います。「常に指や手足に意識や目的を持たせる」と言うのは日頃の練習の中である演奏技術を行う時に身体の各部がどんな働きをしているのか?どのように連携しているのか?どの部位をどの程度緊張させ、あるいは弛緩させるのか?と言ったような、ある意味アスリートが行う肉体的な分析を行い己の技術の精度を高める事を行った人でなければ判らないことであろうと思います。

音楽的な昇華の結果、そして人間性の発露としての休符

チック・コリア氏が残した16か条のアドバイス
『4. きりなく即興し続けてはいけません。常に意識や目的を持って何かをプレイしましょう。その即興を発展させるにせよ、しないにせよ、意識が無ければ演奏をやめて休符を取りましょう。
5. スペース(空間、間)を残しておきなさい。そのスペースを創り出して、意識や目的を持ってプレイしない場所を作るようにしなさい。
13. 曲の導入部分、途中の発展部分にスペースを創り出しなさい。そして、意識的にフレーズを創り出して終了するのです。
15. スペースを創り出しなさい。そしてそのスペースに何かを埋め込むのです。』

アドバイスの4と5、及び13と15は、アドバイスの1と2での手癖での演奏を戒めと想像力の発動を促進にも関連した内容です。これまた耳の痛いアドバイスです。
真鍋先生は、当時19歳だった私に「矢萩、無理に枯れた演奏をしようとしなくていい。どうせ歳をとったら自然と枯れてくるんだから若い頃には弾きまくれ!」と言いました。
当時の私はまだ楽曲に対して弾きまくるほどの実力はありませんでしたから至極尤もなアドバイスだと思います。
しかし、修行が進んで弾きまくるだけの実力がつくと、今度は間を取るのが難しくなったのです。
坂道を駆け下りるように自分の意志とはあまり関係なく手癖のフレーズを弾いて空間を埋めてしまうのです。
若い頃には弾きまくる事自体が快感だったのでそれでも良かったのですが、この方法はすぐにマンネリに陥ります。
それはそうです、使っているのは記憶力と反射だけで創造力を使っているわけではないのですから。
無駄な音や余分な音を省き、フレーズの完成度を高めていく事。
音の向かう方向性を満足させる事。リズムを効果的に使う事。
音の持つ運動的なパワーだけでなく、音楽的なパワーを重視することによって自ずと空間が多く生まれるようになります。
もっと積極的に言えば、如何に休符を取るか、休符を取る為に音を弾くと言うことになると思います。
また、音楽は音を使った会話のようなものですから、他の共演者の反応の為のスペースを空けておくのは、共演者に対する一種の愛情表現であり、アド・リブする者の人間性の問題とも言えます。
会話の時にあなたは一方的にしゃべっていませんか?相手に相づちを入れる暇も与えていないのではありませんか?もしそうならそれは会話ではありません。自分の考えを述べ、相手の考えを聞き、お互いが影響し合いながらやり取りを続けて最終的な結論に至るのが会話と言うセッションです。演奏もこれと同じだと思うのです。

スペーシをとる事に関してもう一つ私の体験をお話ししましょう。
意識的にスペースをとる練習として効果があるでしょう。
昔、ある曲をリハーサルしていた時、真鍋先生は私のソロの取り方に注文をつけました。「矢萩、ソロを凝縮して弾け!」
当時の私はこの指示の意味が分からず当惑しました。「ソロを凝縮するってどう言うことですか?」と尋ねると「弾きたい気持ちを我慢して待て。その間にパワーを溜めろ。そして弾く時には一気に弾きまくりある程度弾いたらまた我慢しろ。」と真鍋先生はアドバイスしました。やってみるとこれも「言うは易し、行うは難し」でした。
自分のソロ・スペースで何も弾かないスペースを作るのは精神的に大きな負担でした。弾かないことには勇気がいるのです。
水が低い方に流れるように人は安易な道を選びがちです。
自分が得意で理解出来る、あるいは慣れているペースでソロを続ける方が楽に決まっています。そこにマンネリの発生や創造性の萎縮などの危険が潜んでいます。
だからこそ明確な意志と意図を持ってスペースを作らなければならないのだと思うのです。

音楽とは調和である

チック・コリア氏が残した16か条のアドバイス
『6. 自分の音を他者と融合させましょう。自身の音をよく聴いてバンドとその部屋の空間に沿うように調整するのです。
7. 同時に複数の楽器をプレイする時、例えばドラム・キットや複数のキーボードなど、それぞれの楽器のサウンドのバランスを必ず取るようにするのです。』

アドバイスの6と7は、音楽における調和の大切さを説いています。
このアドバイスの幾つかの言葉をこう置き換えてみたらどうでしょう。
「6. 自分の生き方を他者と融合させましょう。自身の生き方をよく考えて他者とその社会に沿うように調整するのです。」
もしこの世界のすべての人がこのようなスタンスで生きていたら世界は平和で住みやすいものになるのではないでしょうか?
自分と意見が対立する者を敵視してその存在を否定するのではなく自分と対照を成すものとしてバランスを取ればもしかしたら全体としては調和するのかもしれません。私達音楽家はそうした対照的なものをうまく活かして音楽を魅力的なものにしています。人間は完璧ではありません。良いところも悪いところも同時に持っています。悪いところも持っているからと言って悪人ではありません。それは自分の中で善悪のバランスを取って社会に調和して生きているからです。
まさに私達の生活には調和とバランスが欠かせません。

オリジナリティの重要性

チック・コリア氏が残した16か条のアドバイス
『8. 自身の音楽を決して無意識にに機械的に作ってはいけません。自身の癖のパターンから作ってはいけません。それぞれの音、フレーズ、部分を意図的に慎重に創り出しましょう。
9. 他の者が好きであろうものをプレイするのではなく、自身の好きなものをプレイすることに進もう。
16. 真似は最小限に。他のプレイヤーのフレーズを発展させ、コントラストをつけたフレーズをクリエイトしよう。』

アドバイスの8と9と16は、オリジナリティの重要性を述べています。
楽器の上達の重要な方法は優れた先人の演奏を真似ることから始めますから私の演奏しているフレーズはすべて誰かの真似かも知れません。ほとんど多くの演奏家が同じだと思います。
では、どこにオリジナリティがあるのでしょうか?
音楽を文学に置き換えてみてはどうでしょう?
「ドレミファ♫〜』は「あいうえを」と同じです。これだけではあまり意味はありません。これを組み合わせると言葉(単語)になります。この部分で造語を作りオリジナリティを主張することも出来ますが、それでは他人に意味が伝わらず共感を得られません。
ですから単語自体は真似で良いのです。また単語を組み合わせた定型文もあります。これもうまく使えば便利です。
ではどこにオリジナリティがあるのかと言えば伝えたいテーマに対しての言葉の選び方です。
例えば、夏目漱石が英語教師をしていた時の逸話があります。
生徒が「I Love You」を「我、汝を愛す。」と訳した時に、夏目漱石は「日本人はそんな風には言わない。」として、「月がきれいですね、くらいにしておけ。」と言ったと伝えられています。
「愛しています」と伝えるのに「月がきれいですね」と表現するのは文豪らしい暗喩です。とても個性的だと思いませんか?
ありふれた素材を使ってとても個性的な表現をしています。

他の演奏者の音をよく聴き、それをモチーフとして発展させたり、コントラストをつけて際立たせたりするのはアンサンブルやセッションの基本です。自分のフレーズに対しても当然同じように対処します。そしてこれらの事を判断する基準は自分の好みです。誰かにどう思われるかを気にして決めるのではなく、どこまでも自分自身であり続けることです。
これも「言うは易し、行うは難し」です。
私の拙い経験で恐縮ですが、私がスタジオ・ミュージシャンとして仕事を始めた頃、これは私にとって大きな問題でした。「上手いと思われたい」、「アレンジャーに気に入ってもらいたい」、「インペグにいい評価をしてもらいたい」などと言う気持ちが強過ぎて、知らず知らずの内に自分で自分に大きなプレッシャーをかけていました。自分が良いと思う演奏ではなく誰かにいいと思ってもらえる演奏を目指すようになっていました。私は疲れ果てて自滅してしまいました。そこから立ち直る事が出来たのは、「自分に過大な期待をしないで出来ることだけを無理なくやる」と方針を変えてからでした。

対比による棲み分けと調和

チック・コリア氏が残した16か条のアドバイス
『10. 様々な要素のコントラスト、明暗や強弱とバランスをうまく取りましょう。その要素とは、高い音/低い音、テンポの速さ/ゆっくりさ、音の大きさ/ソフトさ、緊張/リラックス、密度の濃さ/薄さなどです。
11. 他のミュージシャンをよく見せるようにプレイしなさい。全体のサウンドが良いサウンドになるように心掛けましょう。』

アドバイスの10と11は、音楽表現における対比による棲み分けと調和を説いています。
アドバイス10の内容は、アンサンブルやアレンジの中での自分の立ち位置を決め、自分の存在意義を高める良い視点になるでしょう。
アドバイス11の内容は、相手を活かす事で自分をも活かすと言う極意だと思います。
売れっ子ミュージシャンになる秘訣でもあるでしょう。
私の拙い経験の中にもこの内容に関わるものがあります。
ある仕事に参加した時、その現場ではもう一人別のギタリストも参加していました。一つのバンドにギタリストが二人いる編成ですが、プロの仕事ではそう珍しいことではありません。ただ、そのような場合には、あらかじめ「1st Guitar」と「2nd Guitar」を明確に分けているものです。そしてあらかじめそのつもりでギタリストを雇うのです。ですから雇われたギタリストは自分にあてがわれた譜面を見て、自分の立場と役割を悟り黙ってそれに従います。
ところがこの現場の譜面は明確に両者を区別してアレンジされたものではなくまったく同じ譜面をコピーして二人に渡していました。
こうなると二人は同格であり役割分担も不明確になります。
そんな中で演奏が始まりました。相手が歪んだサウンドで演奏し始めたので私はそれにコントラストをつけるためにクリーン・サウンドでリズムを刻み始めました。するともう一人のギタリストは歪んだ音での演奏を中止して私と同じような事を始めました。「えっ!?」と思った私はとっさにアルペジオに切り替えました。
すると彼もアルペジオを弾き出すではありませんか!どうも彼は私に対してライバル心を抱いているようでした。そこで私は歪んだ音に切り替えてオブリを弾き出したのですが、何と彼もオブリを弾き出したのでした。
彼の優位性を私が認めるまでそれが続くのでしょう。私はそこでバトルをする気はなかったのでなるべく彼の邪魔にならないようにほぼ2ndギターの内容に徹しました。勝ち負けより仕事の内容の方が重要だからです。
このように共演者と衝突を避ける為にはコントラストをつける事がとても重要です。チック・コリア氏の説くように他のミュージシャンをよく見せるようにプレイすれば、人間関係も、サウンドも、そして結果として経済的にも良い結果になるのは間違いありません。

楽器の中に秘められている音楽の可能性を引き出す

チック・コリア氏が残した16か条のアドバイス
『14. 自分の楽器を決して叩いたりしてはいけません。優しく、優雅にプレイしましょう。』

アドバイスの14は、楽器の中に秘められている音楽の可能性とそれに対する敬意について述べています。
楽器は非情の存在ではありますがそこに魂を見るのです。
そこにはもともと楽器に秘められた音楽の可能性が眠っています。それを引き出すのが演奏者の力量です。

夏目漱石の小説『夢十夜』の第6夜に平安時代から鎌倉時代に活躍した仏師の運慶の話しが出て来ます。
漱石は運慶が護国寺の山門で仁王像を刻んでいる様子を描写しています。
そこにはこうあります。『あれは眉や鼻を鑿(のみ)で作るんじゃない。あの通りの眉や鼻が木の中に埋まっているのを、鑿(のみ)と槌(つち)の力で掘り出すまでだ。まるで土の中から石を掘り出すようなものだから決して間違うはずはない。』
「基になる素材としての材木の中に仁王像がもともと埋まっていてそれを運慶が木の中から掘り出しているだけだ」と言うわけだ。そこで主人公は帰宅すると自分にも出来るだろうと家にあった薪を材料にして仁王像を掘り出してみようとするが一つも彫れなかったと言う話しです。
夏目漱石のこの小説をチック・コリア氏が読んだかどうかは判りませんが、氏はこの運慶と同じような境地に達しておられたのであろうと思います。
すべての材木に仁王像が埋まっているのは可能性の話しで、誰でもがそれを掘り出せるわけではありません。運慶のような優れた仏師であったからこそ、その可能性を現実に掘り(彫り)出せたのです。
良い楽器を手に入れるのは大切な事ですが、手に入れたからと言って良い演奏が出来るわけではありません。
その楽器の中に可能性として眠っている音楽を現実の世界に音楽として弾き(引き)出すには、それなりの力量が必要なのです。
そしてそのような可能性を秘めた楽器に対する感謝や尊敬の念が必要なのだと思います。

以上が私の受け止め方です。
チック・コリア氏のこれらのアドバイスはどれも私にとって耳の痛い内容ばかりです。しかし「良薬口に苦し」ですから、苦いのをこらえながら精進して行きたいと思います。
長文を読んでいただきありがとうございます。